現在越前(今立五箇)では、伝統技法を継承している高級手漉き和紙、量産機械漉き和紙など多品種の和紙が生産されています。
その越前には、全国でも例のない紙漉きの「神」の伝説が残されています。
[約1500年前、男大跡皇子(後の継体天皇)が越前にいたころ、岡太川の上流に実に美しい姫が現れた。「この土地は清らかな谷水に恵まれているので、この水で紙を漉いて生活を立てるとよい。」そう言って、里人達に紙の漉き方を丁寧に教えた。これに喜んだ里人達が姫に名を聞いたところただ「岡太川の川上に住む者。」とだけ答え、そのまま姿を消してしまった。以後里人達はこの教えに従って紙漉きを始めたという。
この後里人たちはその姫を「川上御前」と呼び彼女の徳を崇め、岡太神社(大滝神社)に祭るようになった。(現在もなお今立五箇の人々は深く川上御前を信仰し、毎年5月3,4,5日と10月に盛大な祭りを行っています。)]
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大滝神社 |
秋祭り風景 |
中世に入り、時の権力者織田信長や豊臣秀吉達から越前鳥の子や越前奉書が上質紙高い評価を得、江戸時代には幕府の御用紙や藩札紙を漉いて、次第に越前和紙産地の名を全国に高めていきました。その後、明治・大正・昭和と時代の変遷の中で繁栄と衰退の歴史を繰り返しながら、産地の人々の努力により高級和紙の産地として成長発展を続けてきました。さらには横山大観はじめ、多くの芸術家などの強い指示を得て全国に越前和紙の名は知られています。
また昭和30年頃から古来の手漉きの伝統技法を機械漉きに生かし、量産化とコストダウンを通じて生産量を飛躍的に伸ばしてきました。同時に吹き付け、スクリーン、箔押し、張り合わせ、もみ紙などの紙加工業も徐々に増加し、幅広く付加価値の高い製品開発が進んできました。現在は品質、種類、生産量ともに日本一の和紙産地として生産活動が
続けられています。
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